統合失調感情障害日誌

統合失調感情障害を患っている管理人のこれまでの日誌です

山田花子 自殺直前日記

山田花子(高市由美)という漫画家をご存知だろうか。今から30年前に統合失調症を発症し、精神科病院を退院した翌日に24歳の若さで自殺を遂げた。

彼女が亡くなってから数年後に彼女が書き溜めていた日記というか備忘録というか、膨大なメモが「自殺直前日記」という書名で出版され、社会的に注目を集めたことがあった。私もその時にそれを購入して読んでいた。読んでみたものの、どうにも共感しずらく、読み通すのが困難だったという印象がある。彼女が対人関係であまりにも被害的に受け取るので感情移入がしにくかったのだ。

最近、彼女のことを思い出して「自殺直前日記」を入手して読んでみた。以前の印象とは異なり、スイスイ読めるではないか。300ページほどの本だが手に入れたその日のうちに読み終えた。前回とは精神的に変化があったからだろうか。書いてある内容がよく理解できるのである。

確かに被害的に受け取る傾向は強いが、彼女なりの矜持というか何というか、自分はこうでなければいけないという強い信条のようなものを感じた。彼女はそれを「プライド」と書いているが、こうであるべきという理想が強い。その一方で、そうできない現実の自分がいて、あるべき理想とこうある現実との間で常に引き裂かれ絶えず苦悩するのであった。

以下、本書から引用する。

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[これからエロ本の漫画どー描くか]
読者や編集者によくないと思われそうな事。
aエッチやギャグなど読者サービスがない。
(周りの頁がどぎついので、ギャグやエッチを入れても目立たない。必要なし)
bストーリーがまったくない(頁数が少ないのでストーリー展開するスペースがない)
読者「何だっ、これ!」これでいいのか? 切られるんじゃないかと不安になる。何も言われない。黙認されているらしい。
(結論)
内容ーー学園風景の一場面を切り取ったもの。ストーリーなし。
主人公ーー想像しうる限り最も地味で最低な私の姿。「これでいいのか?」不安抱えながら今まで通りやっていく。(91年4月)

[喫茶店のバイト続けるか、やめるかいつも迷ってる](私に向いていない)
①私はバカなので仕事覚えられない。(値段や卓番覚えられない。飲み物の種類によって使うカップと氷の数が違う。閉店の前にやることがやたら多い。何が何だかさっぱり分からない)
②「もう仕事覚えた」(早く覚えろ。このバカ!)「教える」名目で先輩に苛められる。
③こんなバカ(知識のなさ等見下している)に威張られるなんてシャクに障る。想像上の他人「職場では仕事できる人の方がエライんだよ」プライドが許さないなんておこがましい。
④まわりの足ひっぱる。(オーダーミス、伝票書き違い。謝るとうざったがられる。黙ってると図太い奴と思われる)
⑤皆が働いてる時、一人でボーッとしているのが辛い。(何したらいいのか分からない。図々しい奴と思われる)
⑥まわりに比べて私はバカなんじゃないかと思って落ち込む。(不器用、ドン臭い、仕事できない)
⑦まわりに溶け込めない。協調性がない。外界に対する反応が鈍い。仲間に入らなきゃと思う。暗いから相手にされない。存在を否定されてる。私ってダメなんだ…自信失う。悲しくなって思わず媚びてしまう(相手にしてくれ)余計バカにされる。泣く。
バイト先で私は大抵苛めの的にされる。周囲にとって、どーしようもないダメな奴、へんな生き物の行動見張ってて、失敗やへんな行動をあげつらって面白がってる(ウサ晴らし&退屈しのぎ)。「バカにすんなよ」と言っても通じる筈がない。こんな奴らにびくびくしている自分が情けない。認めたくない。「現実の私」に対して「理想の私」(こうありたい私)が悪あがきしている。(91年5月)

[もう漫画なんかやる気なくなった]
①無意味、無駄、空しい、やるせない。
a自給に換算するとウェイトレスや皿洗いの方が割がいい。
b締切が怖い。臆病さが恥ずかしい。
c世間や苛めた奴に復讐したい。無駄。弱い者は強い者には絶対勝てない。
d有名人と友達になりたい。相手にされない。
②具体的作業が疲れるのでしんどい。疲れる。
a潔癖症なので、細かい汚れやデッサンが気になって何度もやり直す。
bセリフなど迷ってしまってなかなか決まらない。
c時間がかかりすぎる(2ページに36時間!)要領が悪い。根気がないのですぐあきてしまう。(91年7月)

[編集者によく言われること]
①オチがはっきりしない。山場がない。
②ギャグやエッチなど読者サービス「遊び」がない
③ストーリーに矛盾がある。辻褄が合わない。
④ワンパターン
人間の日常生活にストーリーや山場やオチがあるのか? 人間の日常生活は矛盾だらけではないのか? ワンパターンではないのか?
私は日常世界の普通の会話を描きたい。私にとっては面白い。危険がいっぱい。スリルがある。ドラマがある。弱者が油断するとすぐ食べられてしまう。私の漫画は私と同じ心の人にしか分からない。(91年8月)

[作家としての本当の幸福]
収入も増えた。有名人にも会えた。漫画雑誌「YM」のコラムやめた。成功なんて意味がなく(心の満足がない)唯苦しみ味わっただけ、空しい。
(どーしてこうなってしまったのか?)
生まれつき人の頼みが断れない。(悪く思われることに耐えられない&欲で自分を見失いやすい=仕事欲しさに本心ごまかす)
私は生まれつきハンディ(心が弱い、世渡り下手)を負っているので、すぐに魂売り渡してしまい(束の間の幸福手に入れるが)結局馬鹿を見て悔しがり、惨めになって心が死んでしまう宿命を背負ってる。(91年9月)

[人と関わり合うのが怖い]
①誰よりも気が弱い。絶対相手に勝てない。
②殆どの他人と接点がない。アブナイ人扱いされる。
③アドリブが利かない。「沈黙の重圧」に耐えられない。「何か喋らなきゃと自分を追い詰めてしまう。
④不器用で反応が鈍い。バカにされる。ごまかしたり、知ったかぶりすると失敗して自滅する。(91年7月)

[どうして私は世渡り上手になれないのか]
①被害者意識が強い&悲劇の主人公から抜け出せない。(バカでトロイ、何やっても駄目)プライド高い、傷つきたくない、傷つかれたくない意識が強いので他人とうまく対話できない。(苛められたくない。バカにされたくない。悪者になりたくない)
②考え方に融通が効かない。決めつけてしまう。アドリブが効かない。
③調子いい奴や下らない奴が許せない(本当はおしゃべり上手で調子いい奴が羨ましい)私はプライド高いので恥ずかしくてできない。
④「ワザとらしい事」「白々しい事」が言えない。嘘がつけない。
⑤偽善者になれない(91年12月)

私はすごい凡帳面で努力家で向上心が強い。全部のプライドが高い。アイデンティティを求める煩悩が強い。失敗したくない。損したくない。恥かきたくないので、記録しておかなければならないことが限りなくある。(91年2月)


山田花子は1992年2月25日早朝、飯田橋駅ホームに放心状態で佇んでいるところを警察に保護される。係官の質問に一切黙秘。警察からの連絡で妹の真紀がアパートに連れ帰る。父母がアパートに向かう。異常な言動は見られないものの心身ともに疲れ果てている様子のため由美を実家に連れていく。だが翌日アパートに逃げ帰る。
28日夕刻、麹町署から連絡があり、解雇された後もバイト先の喫茶店に通い続け、従業員待合室に座っているので、すぐに引き取りに行くようにという。父親が喫茶店に向かうと、由美はか細い声で「みんなが私を苛めるの」と言った。
翌29日の朝シャワーを浴びた後、室内を裸で走り回るなど混乱状態に陥る。母親に対して罵詈雑言を言い放ち徹底的に拒否している。父親に対しては子供返りして甘えてくる。
3月4日、精神科病院に任意入院する。この時に父親は医師から「分裂病です」と宣告される。
5月23日、退院する。翌24日夕刻、団地11階から投身自殺。

退院前日の5月22日付の日記に「召されたい理由」と題したメモを書き遺す。

[召されたい理由]
①いい年こいて家事手伝い。やっかい者、ゴクツブシ、体さい悪い
②友人1人もできない(まがもたない)クラいから
③将来の見通し暗い、つとめ先がみつからない(いじめられる)
④もうマンガかけない=生きがいが無い
⑤家族にごはん食べさせられる→太るのがイヤ
⑥もう何もヤル気がない、すべてがひたすらしんどい(無気力、脱力感)
⑦「存在不安症」の発作が苦しい

山田花子にとって「分裂病」の宣告はかなりのダメージであったのだろう。当時はまだ統合失調症という呼称ではなく、精神分裂病と呼ばれていた。その社会的ステグマの深刻さから、将来を絶望したのかもしれない。統合失調症患者の自殺は精神科病院からの退院直後が最も多いという。治療が進んで精神状態がはっきりしてくると、自分が置かれた状況の深刻さにショックを受けるとされる。今から30年ほど前は普通にキチガイと呼ばれ、社会的な脱落者というイメージがあったように思う。従来からの生きづらさに加えて統合失調症の烙印が加わり、ついには死に向かったのかもしれない。

山田花子の何事も被害的に受け取りやすい生前性格は統合失調症を発症しやすい素因の現れだった可能性がある。それは若い者にはありがちなことだよとか言う人がいるかもしれないが、山田花子の苦しみがそう言うものの苦しみと同じだと言う保証はどこにもない。そうした苦しみの中にあっても漫画を描き続け、それらの作品をまとめて収録した5冊の漫画本が出版されている。

Amazonの感想などを読むと、読みづらかった、共感できなかったという人がいるが、それは人の多様さへの理解がないためだと思う。自分が知っている人間だけが全てではないと言うことだ。

飛鳥新社の編集部員の赤田祐一氏は初めて山田花子にあった時の印象を次のように書いている。

「遅れてすみません。夕方まで板橋の工場でバイトしているので…」と言ったので、若いのに大変なんだなと思った。山田花子はどこかフニャフニャした印象のある内気な女の子だった。カフェオレか何かを注文したので、打ち合わせを始めようとしたが、彼女はまだサングラスをはずそうとしなかった。それでなくても、うつむきかげんで向かいあっているから、話がしづらいなと思っていたら「自分は対人恐怖症なんです」と教えてくれた。初めての人に会う時は、必ずサングラスをかけないとダメらしい。僕たちはまるで山田花子のマンガのようだった。なかなか彼女のほうから話しかけてこないので、気まずい沈黙がしばらく続いていた。

「自殺直前日記」をはじめとして5冊の漫画本も今では絶版状態である。だが中古本がAmazonや楽天などから手に入るので興味のある方は入手してみてはいかがだろうか。