「タバコを止めるのは簡単だ。私はこれまでに100回やめている」という小噺があるくらい、タバコを継続して止めることは難しいことだ。
私は大学の寮で仲間がタバコを吸っているのを真似て吸い出したのだが、30歳過ぎになってタバコを完全にやめることができた。それまで何度もやめようとしてやめられなかった私だが、あることをきっかけとしてやめることができたのだ。
そのきっかけというのが「咳払い」である。
どういうことかというと、ある日から職場で在席中にタバコを吸うと(当時の職場は今とは違って、まだ在席での喫煙が可能だった)、10mほど後ろに離れているAさんが必ず咳払いをするのである。
Aさんは私が苦手とする人で、人当たりが強い人だった。職場で最初に咳払いされたのがAさんからだったのだ。あるとき廊下ですれ違う際に、Aさんが私を見ながら咳払いした。これは私がまだ歩き方にとらわれる前のことだった。
タバコを吸うときにAさんから咳払いされたときは、私が歩き方にとらわれていた時期であり、ぎこちない歩き方で後ろを歩く人から咳払いされていて悩んでいた。それがタバコを吸うときにもAさんから咳払いされることで、一層つらく感じたのだ。
その日から私はタバコを吸うことをやめた。やめてから吸いたいと思ったことはまったくない。それほど他人の咳払いは私にとって精神的にダメージを被るものだったのだ。
他人から歩き方など、当て付けで咳払いされることは私にとってつらいことだったが、唯一良かったことがあるとすれば、他人の咳払いのおかげでどうしてもやめられなかったタバコを完全にやめられたことだった。