あれは私が40歳過ぎた頃だった。終点に向かう通勤電車の中で「キツネ目」の男に出くわしたのだ。「キツネ目」の男と言ってもグリコ・森永事件の犯人ではもちろんない。
夜遅く終点に近づいていた車両内には私と、私の対面に中年の男が残っているだけになった。
その時、男がやにわに両方の目尻を両手の指先で押さえ、目尻をつり上げたのだ。その顔は両眼が極端に釣り上がった「キツネ目」になった。
男はなぜ私の目の前でそのような道化じみたことを行なったのか?
それには私の顔の特徴を説明しなければならない。私の目は目尻がやや上がったキツネ目をしている。そのことが私にはコンプレックスであった。
つまりその男は、私の顔の特徴を極端に戯画化して私に見せたということである。
まさかそんな不躾なことをする人がいるはずがないと思うかもしれない。私は幻視を見たのだろうか?
その当時、歩き方にとらわれていた私は、ぎこちない歩き方になっており、駅のホームなどで後ろを歩く不特定多数の人から盛んに咳払いをされていた。また表情が泣いたようになり、すれ違いざまに咳払いされることもよくあった。
毎日、だいたい同じ時間の電車で通勤するので、変な歩き方をする私の存在は、その電車の、特に夕方以降の通勤客すべてに知られていると感じられた。
そういう背景があって、その男はキツネ目の変顔をすることで私をからかったということだ。世の中には私も含めていろんな人がいる。その中に私に変顔をして見せる男がいても不思議ではない。
今は仕事をしていないのでそういう場面には遭遇しないが、当時は精神的にかなり辛かった。