大学を卒業し、私はソフトウエア関係の中小企業に就職した。1ヶ月間の研修を終え、コンピュータ関係の某大企業にプログラマーとして派遣された。プログラマーは仕事の早さが個人によって大きく異なる職業である。私は特に遅い方だった。速い人が300ページの設計書を作成したとすると、私は2人の下請けの外注をつけてもらったうえで、100ページがやっとであった。
そうこうするうちに夜中など、空腹時に腹痛がするようになった。内科を受診して十二指腸潰瘍であることが分かった。十二指腸潰瘍は精神的ストレスが原因の場合が多い。私は何もストレスを感じてはいなかったが、強いストレスを受けているのに、そのことを自覚できない人が十二指腸潰瘍などの心身症になりやすいとされている。
ある日、自宅で下血が起きた。下血は十二指腸から出血した血液が消化液と混ざり、黒い血便として排泄されるものである。それまでも何度か下血はあったが、その時の下血は量が大量であった。あまりにも大量に出血したので、強い貧血となり、駅の階段を登るのでさえ息が上がるほどだった。
強いストレスを受けていても、そのことを自覚できない人は「アレキシサイミア」の傾向があるという。アレキシサイミアの人にも感情はあるのだが、それを意識することが難しいのだ。だから仕事でのストレスを解消することができず、溜まったストレスが体の症状として現れるとされている。
その後、会社の将来性に疑問を持つようになった私は、電子機器関係の中堅会社の求人に応募して即戦力のプログラマーとして中途採用された。
その会社で働き出して間もなく、また空腹時の腹痛と下血が始まった。そして2度目の大量下血が起きた。この時は下血が止まらなくなって死ぬのではないかと思ったほどだった。この状況では手術するしかないと判断し、胃の3分の2を切除する手術を受けた。その結果、それ以降に腹痛や下血が起きることはなくなり、完全に回復することができた。
仕事は相変わらず続けていたが、なんらかの心身症を発症することはなくなり、このままうまくいくように思えたが、今度は思わぬところで苦痛が生じることになる。