統合失調感情障害日誌

統合失調感情障害を患っている管理人のこれまでの日誌です

幼少の頃

最初の記憶は幼稚園に入園した4歳の時だ。

母親と一緒に登園して最初に院長のおばさんと面会した。その時の園長の顔は今でも覚えている。

幼稚園では他の子供と遊ぶことはなく、常にひとりだった。他の子供とどう付き合ったらいいのか分からなかった。それまで子供同士で遊ぶという経験がなかったのだ。だから幼稚園では特に何をするでもなく、ただそこにいただけだった。

困ったのはトイレで用を足すことができなかったことである。トイレの場所はなんとなく分かっていたが、そこに入っていくのが怖くて、用を足すことを我慢した。

だが朝から昼過ぎまで我慢し続けるのは容易ではない。我慢しきれなくでトイレ以外で座ったままで排尿したことが何度かあった。そうすると自分が座っていたところが濡れた丸い跡ができるのだ。ズボンのお尻のあたりは丸くシミになっていたはずだが、どういう訳か、保育士さんから指摘されたことがない。

ある時、保育士さんから今度の発表会で一寸法師をやるのであなたに主人公の一寸法師をやってもらうと言われた。しかしその後でその話は無かったことにされ、私はその他大勢の鬼の役をやることになった。

発表会当日、鬼の麺をつけるのだが、他の子供たちが先にいいお面を取ってしまい、私は残っていた紐がユルユルになったお面を付けるしかなかった。鬼の面を手で落ちないように支えながら発表会の芝居をしたとき、なんだか情けなかったことを覚えている。

私は「行動抑制」の傾向がかなり強かったのだと思う。行動抑制とは、幼児期に見知らぬ人物や新しい環境に強い不安感を感じやすく、回避しやすかったり、危険な状況には参加しないなどの傾向をいう。やさしく言えば「人見知り」ということである。

私は未熟児で生まれたせいか、母親が過保護で私が何か新しいことをしようとすると、先回りしてやってあげていたのかもしれない。家の中ではわがままで、外では借りてきた猫のようにおとなしい内弁慶だった。

小学生になっても行動抑制の傾向に変わりはなかった。ただ、下校の道順が同じグループに所属していたので、全くひとりという状態ではなかった。しかしそのグループにいたというだけで積極的に自分から何かをするということはなかった。

小学生時代には自分の体重が軽いことがコンプレックスだった。何学年の時かは覚えていないが、他の子供が体重30kgを超えているのに、ほぼ自分だけ20kg台だったことがある。体重を計る健康診断の時間が嫌だった。

通知表にはいつも内向的、消極的で積極性が足りないと書かれていた。