統合失調感情障害日誌

統合失調感情障害を患っている管理人のこれまでの日誌です

抗不安薬の服用で体験した「明鏡止水」の境地

対人恐怖の症状に悩んで40歳代になって初めて精神科クリニックを受診した。

そこで最初に処方されたのが抗不安薬のコンスタン(ソラナックス)0.4mg錠だった。抗不安薬を服用して30分もすると、対人恐怖の緊張感が嘘のように消えて楽になったのだ。

同時に最初の服用で体のこりがほぐれ、体の関節が柔らかくなったように感じられた。ただこの感覚は初回のみで、2回目以降の服用では感じなくなった。

飲み始めてしばらく経ったある夜、部屋で横になって目を閉じていたところ、心の中が静寂に満ちた状態となった。「明鏡止水」という言葉があるが、まさにその言葉通りの体験をしたのだ。

今流行りのマインドフルネスを極めてもこの状態には達し得ないだろうと感じられるその体験は、心の中にある湖が鏡の表面のようにさざなみひとつ立つことのない絶対静寂の状態となっていることを客観的な目で観察している感覚だった。

普通の心理状態では、心が沈静化すると、その状態を意識することで、様々に新たな想念が湧き出てくるものだが、抗不安薬を服用して起きたその体験では、心の沈静化を意識していてもなお、そのまま沈静化が継続している独特な状態だった。

ただし、その特殊な体験はただの一回しか起きず、再現性がなかった。

統合失調症になりたかった学生時代

私が学生時代だった1970年代、日本の精神医学会に反精神医学に関する一種のブームが起きていた。反精神医学とは当時、伝統的な精神医学に対する反省から生まれたもので、精神病患者の人権尊重を掲げていた。

いすず書房からR.D.レインの「引き裂かれた自己」や、マルグリート・セシュエーの「分裂病の少女の手記」などが出版されていた。

私はそういった統合失調症(当時は精神分裂病と呼ばれていた)に関する書籍を何冊も購入して読んだものだ。

なぜそういった書籍を読んだのかというと、当時の私は統合失調症になりたかったからだ。といってもわかりにくいと思うが、対人恐怖の症状で悩んでいた私は、この症状が対人恐怖などいわゆる神経症圏の疾患ではなく、原因のよく分からない統合失調症から起きているものであれば納得できたからだ。

神経症では本人の考え方が原因に含まれてくるが、統合失調症は精神病であり、本人の考え方とは無関係な原因になるため、本人の責任ではなくなる。

私の症状に私の責任がないのであれば、自分でなんとか努力して治す必要がなく、症状に対する後ろめたさといった感情を感じなくてすむ。

現実に統合失調症で苦しんでいる人にとってみればとんでもない考えだとは思うが、対人恐怖の症状を持て余していた私には、統合失調症になることで症状が自己責任ではなくなり、精神科での治療対象となるので気持ちが楽になると考えた。

それから40年近く過ぎた今になって私は統合失調感情障害という診断を受けた。この診断は私にとっては長年の疑問が氷解する契機となった。私の症状は一般的な対人恐怖の症状とは、被害者的な症状が強くて少し異なっていたからだ。

私の疾患名をもっと早く聞く機会はいくらでもあったのだが、なぜか自分からは質問しづらい感覚があって、これまで医師に聞いたことがなかった。

私の統合失調症の症状は重いものではなく、入院したことがないので比較的軽いものだといえる。

私は統合失調感情障害という診断で、初めて私の精神疾患と正しく向き合うことができるようになったと思う。

通院しに行ったらエビリファイが処方されなくなった

本日、3週間ぶりに通院してきた。

いつも通院は午後一番の3時からである。午後一番なのはなるべく早く受診を済ませたいからだ。待合室で他人の中にいるのは落ち着かない。

午前中から起きていられるようになったことを話した。主治医は「そうですか。それはよかったですね」という。やたらと共感したり褒めたりおだてたりする医師である。なんかこちらが子供になったような気分である。

最近、2階の「床ドン」があまり気にならなくなったことを話した。これは前回、ジプレキサを5mgから10mgに増やしたことが関係しているのだろうか。「床ドン」の頻度が明らかに減っていると感じる。いい傾向だ。

以前は朝食後に何もする気が起きずに二度寝していたのだが、最近はずっと起きていられるようになった。今ではうつ症状はまったくないといってもいい状態である。ジプレキサの効果なのだろうか。ありがたい。

エビリファイ1mgで太ってきたと話したら、処方から外しましょうと言われ、処方されなくなった。自分としてはエビリファイで太ってきたが、ジプレキサでさらに太ったと言いたかったのだが、それを言う前にエビリファイを外しましょうと言われた。

医師がエビリファイを外したのは、ジプレキサエビリファイを同時に処方することが無駄(センスが悪いこと)だと考えてのことだろう。

エビリファイ抗うつ薬の効果を増強するために処方されていたが、ジプレキサの効果でうつがよくなってきたのでもう必要なくなった。

レキソタンはまだ余りがあると言ったので今回は処方されなかった。実際、3年分くらい余っているのだが、1ヶ月くらい余っていますと話した。現状、2日おきに2mgを1錠のペースで服用しているので、次回からは頓服用として4週間に14錠にしてもらおう。

現在の処方は、レクサプロ10mg×1錠とジプレキサ5mg×2錠である。ジプレキサは統合失調感情障害のうつ状態に対して処方されている。

クリニックで料金を支払うときに分かったのだが、3週間分の処方箋だった。自分としては4週間分だと思っていたのだが、うっかりしていて医師に確認していなかった。次回は4週間分にしてもらうことにする。

統合失調感情障害の位置付けとは

医師から統合失調感情障害と告げられて、ネットでググってみたが情報が極端に少ないことに驚いた。統合失調感情障害は現在の精神医学でも未解決の疾患であるようだ。

精神疾患の国際的な診断基準であるDSM-5での統合失調感情障害の基準を次に示す。

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医師は患者本人の主観的体験や自覚症状を聞き、可能であれば家族や周囲の陳述から行動上の問題などの情報を得て、面接時の表情・態度などと併せて統合失調症状および気分症状の診断を行う。その両症状の同時的な存在で統合失調感情障害の診断が考慮される。

診断の際に参考にするのが上表のDSM-5である。

上表で、基準A1の抑うつ気分とは、「その人自身の言葉か、他者の観察によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分」である。

基準Aでは統合失調症状と気分症状が同時に見られることを規定している。統合失調症の基準Aには幻覚、妄想、まとまりのない会話、の3つがあるが、このうち1つ以上があればよい。

基準Bは、うつ病双極性障害など気分障害との切り分けのために設けられている。同様に基準Cは抑うつ症状がみられる統合失調症との切り分けのために設けられている。

DSM-5では統合失調症双極性障害と区別するための基準が、以前の診断基準であるDSM-Ⅳに比べて明確になっている。また縦断的(時間的)な観点が取り入れられており、症状の経過によって病名が変わる場合があり得ることになる。

統合失調感情障害は統合失調症気分障害の中間に位置するが、独立した疾患概念としては非定型精神病がある。これは症状の経過が急性であり、完全に寛解するものの再発を繰り返す疾患である。非定型精神病は日本独自の呼称であり、国際的には急性一過性精神病性障害と呼ばれている。

統合失調感情障害は、統合失調症気分障害との中間群の特徴を示すことから、歴史的に多くの解釈がなされてきた未解決な疾患である。この疾患の病態を解明することは、今後の精神医学の発展の方向性にも影響を与えるほど重要なことだと考える。

通勤電車の中で出くわした 変顔「キツネ目」の男

あれは私が40歳過ぎた頃だった。終点に向かう通勤電車の中で「キツネ目」の男に出くわしたのだ。「キツネ目」の男と言ってもグリコ・森永事件の犯人ではもちろんない。

夜遅く終点に近づいていた車両内には私と、私の対面に中年の男が残っているだけになった。

その時、男がやにわに両方の目尻を両手の指先で押さえ、目尻をつり上げたのだ。その顔は両眼が極端に釣り上がった「キツネ目」になった。

男はなぜ私の目の前でそのような道化じみたことを行なったのか?

それには私の顔の特徴を説明しなければならない。私の目は目尻がやや上がったキツネ目をしている。そのことが私にはコンプレックスであった。

つまりその男は、私の顔の特徴を極端に戯画化して私に見せたということである。

まさかそんな不躾なことをする人がいるはずがないと思うかもしれない。私は幻視を見たのだろうか?

その当時、歩き方にとらわれていた私は、ぎこちない歩き方になっており、駅のホームなどで後ろを歩く不特定多数の人から盛んに咳払いをされていた。また表情が泣いたようになり、すれ違いざまに咳払いされることもよくあった。

毎日、だいたい同じ時間の電車で通勤するので、変な歩き方をする私の存在は、その電車の、特に夕方以降の通勤客すべてに知られていると感じられた。

そういう背景があって、その男はキツネ目の変顔をすることで私をからかったということだ。世の中には私も含めていろんな人がいる。その中に私に変顔をして見せる男がいても不思議ではない。

今は仕事をしていないのでそういう場面には遭遇しないが、当時は精神的にかなり辛かった。